ブラジル・アルゼンチン 新婚旅行
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(ブラジル編)
Honeymoon to Brazil & Argentina JUN - AUG, 1995
Lua de Mel Brasil , Argentina JUNHO - AGOSTO, 1995
結婚後、アメリカを引き払い、日本に帰国することになった。「日本に帰り、働き始めたらもう長い旅行には行けない。
今のうちに、北米から近いところへ行っておこう!」ということで選んだのが、
南米 2カ月半。
だが決して
アメリカ からでも 近くはなかった・・・。治安が悪くて困ったが、多くの人に助けてもらった。
それにしても ブラジルは広い。 これだけ行っても、まだ半分ぐらいしか見れていない。


アルゼンチンのブエノスアイレスから北上し、いよいよブラジルへ

アルゼンチンより、いよいよ
イグアスの滝(ブラジル側)へ
 Brazil


 イグアスの滝  Foz do Iguaçu

イグアスの滝は、とにかくすばらしい!の一言です。
本当はもっともっと写真を載せたかったんだけど…。
あとは自分で見に行ってください。

 ブラジルの国鳥 トゥーカン 
 Tucano
 つくりものではありません。

 これはオーソドックスのだけど、
 カラフルのも多いです。

       サンタ ・ カタリーナ
       Santa Catarina

 
  サンタ・カタリーナ州の山並み

サンタ・カタリーナ島のアパート フロリアーノ・ポリス にて  
 Florianópolis


英語の通じる不動産屋を発見!

この不動産屋を通じ、サンタ・カタリーナ島内で一週間だけ普通のアパートを借りることが出来た。

ブラジルの人たちも、こんな感じで(週・月単位の)バカンスを楽しんでいるようだ。

ちなみに家賃は 安宿よりは少し高く、中級ホテルよりは安かった。食料を買い込んで、久しぶりの自炊+骨休めだ。

クリチバ(パラナ州) Curitiba, Paraná を経て サンパウロ São Paulo へ。
 サンパウロでは迷わず、ペンション・アラキ Pensão Araki (知る人ぞ知る 安宿)に荷物をおろした(1泊 4REAIS)。この宿には沈没している人が多く(この意味、わかる人にはわかる)、「ブラジルに 新婚旅行(つまり女性連れ)で来た」 と言ったら 変わり者扱いされてしまった。 世間知らずの妻は、いまだこの意味をわかっていない。

サンパウロ São Paulo からバスで パラチ Parati へ。
 パラチ Parati

サンパウロとリオの中間に位置するリゾート。 
古い街並みと自然がマッチしていて、いいところでした。


教会がいくつもあった。上流階級の教会、商人の教会、奴隷の教会 というように別かれていたそうだ。
パラチの近くの島へ

  リオ・デ・ジャネイロ
  Rio de Janeiro


  コルコバードの丘より ポン・ジ・アスーカを望む。

  
やっぱり リオはいい!

  フェイジョアーダ 
  Feijoada


ブラジル人でもおなかがもたれるので、土曜とかに食べるらしい。

豚の臓物、耳、足などと豆を煮込んだ料理。
昔は奴隷の食べものだったが
今ではブラジルを代表するごちそう
フェイジョアーダ!

リオから夜行バスで ベロ オリゾンチ Belo Horizonte へ。
そこからバスで3時間。オーロ・プレット Ouro Preto へ。
 ブラジルはとにかく広い。移動はほとんど夜行バスで。安いし宿代が浮く。でもあとで聞いたからよかったが、けっこう危険だったらしい。 危険な旅をしたことは なんの自慢にもならない。ただ運が良かっただけ。これを見ている人は、なるべく安全なルートを選択してください。 ブラジルに限らず南米は広いので、移動はかなりのネックです。

 ミナスジェライス州
 オーロ・プレット
 Ouro Preto, Minas Gerais

 
 18世紀にゴールド・ラッシュで栄えた街。石畳の街並はUNESCOの世界遺産にも登録されている。

オーロ・プレットから夜行バスで、バイーア州ポルト・セグーロへ。 Porto Seguro, Bahia
1500年4月22日、ポルトガル人航海士 Pedro A. Cabral はここ ポルト・セグーロ に上陸した。

  ポルト・セグーロのみやげ物屋。

 壁に掛けられているビリンバウ Berimbau はインディオ起源の民族楽器。
カポエイラ Capoeira という音楽性のある、踊るような格闘技にもよく使われる。

 苦労して日本まで持ち帰ったが、数年後 子どもに壊された。(ToT)
壁に掛けられたビリンバウ

ポルト・セグーロから夜行バスで、バイーア州の州都 サルバドールへ。 
Salvador, Bahia
植民地時代初期の首都だったため、歴史的な建物が多い。アフリカ系住民が多く、黒人のローマといわれている。
衣装、食べ物、音楽、宗教 ( Candomblé ) などに西アフリカの影響が大きい。特に食べ物には、デンデ油
(やし油) を使ったバタパ Vatapa など独特のものがあり、サンパウロやリオの人でも食べれない人が多い。

カラフルな建物がいっぱい。   サルバドールの中心部
  ペロウリーニョ界隈
  Pelourinho

  
  右奥の青い建物は、
  かつての奴隷市場だ。
        Baiana

  
 この地方独特の、デンデ油 Dendê
   揚げた揚げ物を売る、バイアーナの女性。
   衣装に西アフリカの影響が残る。
サルバドールにはバイアーナがいっぱい。 


カンドンブレー Candomblé 見学記
 カンドンブレー Candomblé を見るため、 夜3時間ほどのツアーに参加した。 カンドンブレーとはそもそも、黒人たちのあいだに脈々と受け継がれてきた、アフリカ起源のシャーマン的な宗教儀式だ。
 観光客を乗せたミニ・バンが、サルバドール近郊の ファベーラfavela スラム街)まで行き、そこで儀式を見る。 ツアー・ガイドは真剣な顔つきで、 ファベーラの中だから カメラや貴重品は持って行かないこと、 住民以外の者が儀式に参加してはいけないこと、などを説明した。
 しかし、儀式はかなり やらせっぽかった。わざとらしく トランス状態におちいったり、失神する人なんかもいて、完全に観光化されていた。 芝居がうまければ まだ許せるが、 どうしようもなく わざとらしいのだ。 失神したやつが、 翌日 広場で客引きをしていた。 どうやら一日おきに、失神する役が交代するらしい。
 バイーア州 Bahia の内陸部まで行けば、今でも本当のカンドンブレーが見れるらしいが、短い時間で観光客が行くのは ちょっと難しい。

ボンフィン教会の内部 サルバドール郊外にある、  
ボンフィン教会 (カトリック)Igreja NS do Bonfim の内部。


ブラジルの矢合(やあわせ)観音!
(愛知県西部以外の方、何のことかわからず、すみません!)

皆、病気やけがをした体の部分を模した模型を奉納し、願をかける。

 ブラジル国内で国内線の飛行機を買おうとすると、びっくりするほど高いし、ずっと陸路 (バス) で北まで行こうとしたが、何せ広いし 移動しづらい国。 もう限界だ。「アメリカ を グレイ・ハウンドで回るのと同じようなものだ」 と、なめていたのがいけなかった。
 皆さ〜ん!南米に行くときは「エア・パス/飛行機周遊券」を買ってから行きましょうね!

「もう陸路は耐えられん!」ということで…
サルバドールから ブラジリア経由、パラ州のべレンへ飛んだ。 いよいよ、アマゾン川流域へ。
  パラ州 べレン Belém, Pará

 
パス劇場 Teatro da Paz
 昔、ゴム農園で儲けた富豪たちのために建てられた。 

   ア マ ゾ ン 川
  Rio Amazonas


  気のせいか、酸素が濃い
  ような気がした。

番外編 『アマゾン熱帯雨林の危機』 へ(工事中)

 巨大アリ!
 
Formiga "gigante" !

 クワガタ ではありません!

 
インディオのおじさんの大きな手でもこれだ!

 ハンモックは、眠るときアリなどに噛まれないための必需品だった。アマゾンでは犬でもハンモックで眠っていた。
      Farinha
 マンジョーカ(キャッサバ)という芋から ファリーニャ という粉(食品)をつくっているところ。

 このファリーニャは、いろいろな料理にかけて食べる。

アマゾンの珍しい果物   ベレンの市場にて
  Mercado Ver-o-Peso,
  Belém

    
 左端の種が突き出した果物はカジュー Cajú

 この種の中に、カシュー・ナッツが入っている。(皆さん 知ってました?)
 実は渋いが、絞って砂糖を入れ、ジュース Suco de Cajú にして飲む。

ベレンの市場には、見たこともない果物や 巨大魚ピラルクーなど面白い被写体が多い。 だが あまりにも治安が悪いため、うかつにカメラを出せなかった。

アマゾンには フルーツがいっぱい。 açaí, acerola, graviola, maracujá,jaca, sapotí, mamão, cacau, goiaba.....
なかでも絶対 試して欲しいのが、クプアスー の アイスクリーム sorvete de cupuaçú アサイーのジュース Suco de Açaí は椰子みたいな木に鈴なりに成ってる紫色をした実のジュース。チョコレートの原料であるカカオcacau の実のジュースは、以外にもヨーグルトみたいな味だった。
見たことも無い生の果物の他、果物をジュースやアイスにして売っているスタンドは、町中にたくさんある。なかでも、カイルー Cairú という有名なお店では、アマゾンのほとんどの果物をアイスクリームにして売っている。 現地の人に場所を聞いて ぜひ行ってみてください。

旅先で見た果樹たち〜ブラジル・アマゾン編〜 はこちら

 JABUTI ジャブチ (リクガメ)

 ベレンの動物園で見た、地元でジャブチと呼ばれている リクガメ。市場では子ガメが売られていた(言い値で1匹$10ぐらい)。
本気で 買いたい と思ったがやめた。

数年後、日本のペットショップで見た子ガメ(日本ではアカアシガメというらしい…)は、1匹4万円していた。


ベレンから船で2時間ほど。アマゾンの中洲が発達して出来た島、マラジョー島へ向かった。
    マラジョー島
    Ilha de Marajó


 沼地が多く、自然繁殖した水牛がいたるところにいる。皮や肉、乳を目的にした水牛牧場もある。
マラジョー島には沼地が多い。
とてもとても大事な、マングローブの森    マングローブの森
   Mangroves


   豊かな自然の象徴だ。
  Praia de Marajó

 マラジョー島はアマゾン河口に位置するため、
 海水も混じり波も海のようだった。

 遊んでいた子どもたちに、サーフィン・ボード
 を貸してもらった。
 ←Casa de Marajó
    マラジョー島の民家


    土壁の家だった。

ある沼と水牛牧場との境界に、頑丈な柵が設けてあった。理由を尋ねると、その沼には少し ピラニア もいて、昔 ちょっとだけ
傷をおった水牛がその沼に入って行ってしまい、骨だけにされてしまったからだそうだ。 なんともヘビーな話だ。

  『人喰われワニ』の話

    Jacaré
  
村人が 野生のワニを
   生け捕りにした⇒


   が、しかし・・・。

  1時間後、ササミになって
  村人に分配されていた。

   これまたヘビーな話だ。
ワニを生け捕り!が、しかし…
ベレンからリオを経て、サンパウロへ。São Paulo

サンパウロの中心部にある リベルダージ Liberdade は 旧日本人街。 今はどちらかというと 東洋人街。
八代亜紀や森進一の写真も若い!  サンパウロ
 リベルダージ Liberdade
 レトロなレコード屋。

 日本人街は昔の日本そのまま。
 時間が止まったようだ。

  サンパウロにて。ブラジルから出国する日

 
お世話になり、家にも泊めていただいた 日系1世 (もう80代) のおじいちゃん、おばあちゃんと。
 初めて会った僕たちにも、本当に親切にしてくれました。


 過酷な労働に耐えかね、コーヒー農園から脱走した人の話。裸足で農作業をしていたため 足のつま先に寄生虫が卵を産みつけ、皮膚を食いやぶって出てきた話。 想像を絶する昔の苦労話が次々と・・・。

 こうした、初期の日系移民の苦労があってこそ、今のブラジルでの 日系人の高い地位がある。
日系1世の家族と。

 上写真 真ん中のご夫婦とは、実はこの後も文通が続き、数年後来日した際には、我が家を訪ねてもくれました。 しかし2004年4月、奥さんが脳溢血で倒れ、そのまま亡くなりました。 約80年前、幼少時 家族と共に渡伯した奥さんのような人は、『準2世』と呼ばれています。 ご冥福をお祈り致します。


番外編 『ブラジル日系移民の歴史』 へ

ブラジル・アルゼンチンの大地、自然、人々は 絶対に忘れられない。 パンタナールもフォルタレーザも行けなかったし、いつかまた行きたい。
完 FIM





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 カ ポ エ イ ラ 入 門
     ブラジルの国技 カポエイラの歴史やスタイルの違いなど 興味深い話がいっぱい。


 アルファインテル南米交流
    南米、ブラジルに強い旅行会社(東京、名古屋他に支店有り)。ブラジル関連のページ、リンク集も充実しています。


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        ボサノヴァ他、ブラジル音楽のページを中心に集めたリンク集。

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